グループホームに濁流が襲ったことについて

あらかじめ、この件に関しては一切の批判・ご意見あると思います。自由に闊達に意見を交わしていただけたら幸いです。また、亡くなられた9名の方のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。

*1

 これは大変難しい判断だと思います。ニュースなどで報道している情報しか私は知りませんが、岩泉町長が16時に当グループホームを心配して見に行っていたそうです。そこで、近くの小本川の潮位を実際に確認して、「大丈夫」と思ったそうです。その時点では避難勧告レベルである2.5mにも達していなかったため、避難勧告も出せなかったと町の担当者は語っていました。しかし、約1時間で同地域観測史上最大の雨量を観測し、小本川の潮位は6.8mまで上昇。堤防が決壊。濁流がグループホームを襲ったという次第だと報道では言っていました。

 近年、観測データを次々塗り替える大雨、短時間豪雨。勿論、台風ということで備えはしてあったのでしょう。しかし、想定以上の災害が起こってしまったのではないでしょうか。「台風のことは、台風に聞け」ということわざがあるぐらいなのですから、台風の進路や降水量などを予報するのは、気象予報士でも難しい仕事と聞いたことがあります。すなわち、予見は困難であった、と言わざるを得ないと思います。

 

*2

 当時夜勤帯に入り、夜勤者は1人だったそうです。この配置基準は妥当であり、これが介護の現状と思ってくだされば幸いです。夜勤者は懸命に入所者をベットや高いところに誘導したそうです。また、隣の老人ホームからも助けにいこうとしたときには濁流の中にあっていけなかったと証言しています。

 認知症を患っている方の中には身体の不自由な方も多数おられたと思います。また、拒絶反応が強い方も中にはいたかもしれません。それで濁流が襲ったらひとたまりもないでしょう。なすすべもなかったと思います。夜勤者だけでも生きててよかった、と私は思いました。

 

*3

 避難計画がなかったとか、マニュアルがなかったとかご指摘の通りかと思います。運営法人にはこの痛い教訓をぜひ活かして今後の運営にあたってもらいたいと思います。ただ、私が言いたいのは「現場の人間がいざという時できることは限定的である」ということです。例の相模原市施設殺傷事件からもわかるように特に人の少ない夜勤帯に何か起きたらどうしようもないことが多いのです(あれはちょっと特殊かもしれませんが)。それでも、このグループホームの職員は懸命に救出しようとしていました。職員を責めるのはどうかやめてください。以上です。

 

*1:この状況になるのを予見できたか

*2:グループホームの職員は何をしてたか

*3:まとめ

介護保険での用具レンタル見直しについて

www.yomiuri.co.jp

 

この記事からの話題になります。

私が個人的に「ん?」と思ったことを書きます。新聞の方の記事を参照にしているのでリンク先になかったらゴメンナサイ。

①「軽度者が重度化よりも高額な製品を利用しているケースがある」

 それは軽度者は高額な製品を使用してはいけないってことか?確かに、介護保険の制度上原則利用者負担は1割で、9割はざっくりいうと税金から賄っていることになる。その観点から考えると、より安いものを使えということになるのだろうか。

 しかし、選択の自由ぐらい軽度者だって主張してもいいじゃないかと私は思うわけです。それ(多少高額な商品)を使うことで介護度が抑えられている商品だってあるでしょう。その結果、全体の社会保障費を抑えられていることにもなりませんか。一概にダメとは言えないと思います。

 

②「『楽だから』と借り続け、自立を妨げている」

 ダメなの?(´・ω・`)そこをなんとか理由づけしてもっともらしくするのがケアマネジャーの仕事じゃないの?ごめんね。いつも仕事増やしてて。

 楽でありたい、快適に生活を過ごし続けたいと思うのは割と人間が生きていくうえでの本質なんじゃないかと勝手に思っています。追い続けることで人間は進化していくものだと思うし、そこを否定してしまうと、じゃあ自立って何ぞやって話になりません?ならないか(´・ω・`)

 今後、独居老人が増える一方でこんな呑気なことも言ってはいられないのでしょうけど、高齢者の目標が「自立」で括られるのはなんか違う気がします。誰かの手を借りて生活することが恥ずかしいみたいに言わないでほしいです。

 

車いすや介護ベットなどをレンタルできる利用者を、支えがあれば自力で歩行できる「要介護2」以上から、自力での歩行が難しくなる「要介護3」以上に引き上げ、介護の必要性が高い人に絞る案を検討する。

 これも逆行してないかな。昔のベットのイメージだと「介護ベット」っていうと寝たきりな人が借りるイメージがあるけど、今のベットってメーカーさんの努力もあって「離床」がメインになってきています。それをテーマに開発が進んでいると言っても過言ではないと思います。寝たきりにさせないという強い思いを感じます。で、あればさっきの話になるけど「楽に離床できた方がよくない?」ということになります。寝たきりになれば当然介護度もあがります。となれば、社会保障費)略

 

ま、そんなことを考えてしまいました。なんでもかんでも抑制!っていうより、こうすれば国民の理解も得られやすくなるんじゃない?って方向を今後も考えていきたいと思っています。

”保活”の行動が私たちにもたらしてくれたもの

 

bylines.news.yahoo.co.jp

 

 

jukennsei.com

  最近”保活”という言葉がすっかり浸透してきていますね。大変だと思います。子どもを連れて国会前まで行くのは凄いとは思うけど、私にはできません。

 

 「デモという形にはしたくなかった」と当事者の方はおっしゃられています。ただ、悪い形で政治的に利用されちゃいましたね。政治的な論争の種にしないためにも、より実効性のある政策を期待したいです。安倍首相は言いました。「政権交代前の倍のスピードで受け皿づくりを進めている。欠かせない保育士の待遇改善にも取り組みたい」と。

 

 ざっとこういう関係のブログの主張は「とにかく声を挙げ続けてください」「首長に行政不服申し立てをしましょう」「議員と仲良く」etc…。

 

 でも、こんなエネルギーどこにあるの…?そんな時間どこにあるの…?私の体力・気力のなさかもしれませんが、子どもが帰ってきて夕食の準備をし、食べさせて、風呂入れて、寝かしつかせる…。働いているのならなおさらでしょう。こんなブログや情報をみる機会・時間は皆無だと思います。

 

 だから、近くの保育園を希望するのでしょう。少しでも自分の負担を減らすために。ただ、「地域住民の反対」によって建設ができない状態(特に都心部)であることも理解しておいた方がいいでしょう。実際世田谷区だったかな?「子どもの声は騒音」という判断もでてますし。保育園には騒音防止のための高い壁ができるんですよ。異様な光景だと思います。

 

 しかし、”保活”が大きく取り上げられたことによって、今の社会構造がどうやらおかしいということに気付いたのはいうまでもありません。「保育園落ちた。日本死ね!」もあながち間違ってなかった、むしろ本質だったのかもしれませんね。

 

 今の政府を完全否定するわけではありませんが、介護・育児という意味で政府は「在宅でやってください」を推奨しています。極論をいうと「親と住むことを前提にします。NISAや3世代同居推進!」んな無茶な。1億総活躍社会・介護離職0を掲げながら、一番しんどいところに蓋をしているようにも思います。財源ないのは知ってます。経済が回らないと社会保障にもお金は降りてきません。経済>社会保障なのは、私はもう仕方ないと思っています。だって経済<社会保障だと、日本が破綻してしまうもの。

 

 だから、何にお金を使うのかをはっきりしましょう。育児・保育に重点を置くのか、介護・医療に重点を置くのか。両立できるなら越したことはないけど、欧州(特に北欧)は前者に重きを置いて成功しているようにも見えますけどね。人口は確実に減っていきます。安倍首相の言葉を借りるなら、「過去の過ちを精算し、未来志向で次世代に引き継いでいかなければなりません」。

 

 ご精読ありがとうございました。

 

河津桜が満開になりました。

 

www.asahi.com

 

f:id:cyame18:20160305144319j:plain

 

f:id:cyame18:20160305144238j:plain

 

上はよく特定できたなぁという単純な疑問と執念を感じました。逆に言うと、「匿名」にして「増田」(?)で過激なこと発言しても特定されるって結構怖いなと思います。

 

議員はいうまでもなく、選挙で「顔」を見せて戦うわけだけど、私たち一般人は基本「顔」は見せたくないというのが本音でもあります。それに対して「誰が言ったんだ?匿名じゃ話にならん!」と野次るのはちょっと違うかなと思うし、それに対して「よし!じゃあ特定しました!」だと、#保育園落ちたの私だ のタグの意味をなくすのではとも思います。あれはどれだけの人が共感しているのかを示すタグであって、特定するタグではないはずなんですけどね。

 

下は「ライン」と言われる勤務表が問題視されています。そもそも「ライン」を作らなければならない背景は介護技術や介護知識の不足を補うためな気もしています。誰もが同じ業務ができるようにしたかったのでしょう。だけど、相手は人間なんだからそういう訳にもいかない。私も夜間対応スタッフとして働いていた時は他のスタッフさんの休憩時間が終わる前に必死でおむつ替えをしていた気がします。トラブル(弄便や尿漏れ)がないことを祈りながら。休憩時間が終わってまだおむつ替えが終わってなかったら露骨に嫌な顔するスタッフもいましたから。

 

私は「ライン」自体は反対です。だけど、そうしなくては夜間が回らないことも事実なのかもしれません。特に新人は不安でいっぱいでしょう。きちんとした研修制度の構築や管理体制の見直し、やはり介護職の給料をあげて、いい人材を確保するしかないのではとも思います。

 

写真は近くの西志津多目的広場です。今度の土日には祭りもやります。地元の社協がかんでるので、応援をこめて。今満開です。少し散り始めてもきています。お近くの方はぜひ。

自分の守備範囲で頑張る

 

 

 この2つを見て、思ったことは「はてなブログは批判されるもの」ということ。私はこのブログを使い始めてまだ日が浅い。「引用ってどうやるの…」「ブクマ貼り付けってどうやるの…」で躓いている。ブクマにいれていても、記事があがってこないため貼り付けできない状態である。誰か本当にやり方を教えてほしい。(→そのうちできるようになるので…)批判されるものとして受け止めておいたら、こちらの気も変わる。炎上してなんぼなのかもなという気持ちもわかる。しかし、できれば炎上したくないなぁ…と思う。正直バズの意味も分からない。細々と続けていけたらと切に思う。

 

 毎度毎度勝手ながら、ルールを決めたい。

  1. 1日1つ以上のブログはあげない。
  2. 批判は受け止めることなく、流すもの(こっちがつらいから)。
  3. 批判は受けてなんぼと考える。
  4. できれば自分の守備範囲で頑張る。
  5. ブログに期待しない。
  6. PVに左右されない。

 

特に4番を意識したい。

 

今日はこの辺かなと思うので。

 

上は事実なら誠に遺憾。何のために番号が割り振られたのさ?案内も大事だろうけど、すっとばして直通にするなどの改革が必要かもね。

 

下は歓迎したい。専門性を高めていって、給料ベースをあげてもらわなければやっぱりやってられないよね。介護の平均月給は他業種に比べて10万低いんだ。資格手当とかで還元されたらいいけど、介護報酬が下げられたままだと厳しいかな。撤退や倒産してる事業所も増えている。社会保障費は年々増加していっているのも知ってる。抑えたい財務省やそうしたくない厚労省の思惑もわかる。さて、どうしようか…。

曲の印象は十人十色でいいのでは。

 朝にThe yellow monkeyの「JAM」の解釈で物言いをつけられた。確かに私の文面はきつかったかもしれない。そこは素直に反省しなければならない。

 

 しかし「JAM」自体の持つ歌詞の力だったり、曲の力だったりを否定してはいけないと思うのだ。曲の解釈は十人十色でいいのではないのか。逆に同じ方が気持ち悪いと感じてしまうのは私だけだろうか。それで「僕はこの曲をこう感じている」「私は違う」でいいじゃないか。明るい曲でも人によっては辛く感じることだってあるだろう。

 

 私ははっきり言っておくと、「議論」が嫌いである。「じゃあこのブログを使うな」というならさっさとアカウントを停止する。私が「議論」を嫌う理由は

  1. 時間の無駄 価値観が違う相手に向かって、議論しても時間の無駄だと思っている。最初から相成れない存在は確かにいる。
  2. 労力の無駄 相手を説き伏せようとすると物凄い労力と体力を要する。現に今もそうである。
  3. 喧嘩が嫌 なんで相手を限定して攻撃してくるのか私は意味が分からない。私が攻撃するのは広義の意味であって別に個人ではない。勘違いしないでほしい。ジャーナリストが「報道の自由」で報道しているのなら「予防報道」があってもいいのではと提案してるだけ。

異論はあると思う。私が正しいという保証はどこにもない。あとはどっちのいうことが「好き」か「嫌い」でいいのではないのか。「正論」が「正義」とは限らない。「論破」してもそこにあるのは「論破された側がむかつくだけ」。もうやめましょう。

  

「外国で事故・災害あったけど日本人はいなかった」の報道に物申す

 

this.kiji.is

 

 

今回は幸いにも津波被害は少なかったみたいである。本当に幸いとしか言いようがない。しかし、私はずっと前から思っていたことがある。例えば、諸外国の旅客機事故や列車事故などがあると、こぞって日本のマスコミは「乗客に日本人はいませんでした」と報道する。確かにそうかもしれない。「親戚や知人が巻き込まれてたら、たまらん」と思う。

 

だけど、これ現地の人が聞いたらどう思うだろう?私の好きなバンドの一つに「The yellow monkey」がある。彼らは「JAM」という歌でこのことを痛烈に『歌っている』。

 

「外国で飛行機が落ちました ニュースキャスターは嬉しそうに 乗客に日本人はいませんでした いませんでした いませんでした 僕は何を思えばいいんだろう 僕は何て言えばいいんだろう こんな夜は会いたくて 会いたくて 会いたくて 君に会いたくて 君に会いたくて また明日を待ってる」 こんな歌詞だったと思う。この歌をはじめて聞いたのは高校生の時だった。すごく衝撃をうけたのをよく覚えている。

 

日本人がいなかったからなんだ?犠牲になっている人が『いるかもしれない』。その人たちにまずスポットライトをあて、報道することが報道人としての務めだと思う。報道は「予防」であってほしい。情報は身を守るために必須のアイテムだからだ。情報をいち早く得るためにはプロのみなさんの報道に頼るしかない。TwitterなどのSNSより確実で信頼できるからだ。プロのみなさんは「予防」するために動いてほしい。『私たち一般人では入れないところに入れるから』『情報規制されたら、情報の取りようがないから』この辺はプロでないと無理だ。

 

例えば、戦争や紛争・内戦を防ぐためにはどうしたらいいか。例えば、津波から身を守るにはどうしたらいいか。例えば、原発事故や原爆被害から身を守るにはどうしたらいいか。そのことを中心に報道してほしい。無意味な人を傷つけるだけのゴシップはもうたくさんだ。

 

追記:物申されたので一部変更しました。私の意見の解釈で「JAM」の意図する所が違ったりするのは、私の本意とするところではないので変えました。また、言葉尻を捉えて一つ一つ取り上げられるのもどうかと思い、変えました。「歪む」、「皮肉る」この辺は言葉尻で不快に思われたなら申し訳ないです。しかし、主張自身は変えてないつもりです。よろしくお願いいたします。