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曲の印象は十人十色でいいのでは。

 朝にThe yellow monkeyの「JAM」の解釈で物言いをつけられた。確かに私の文面はきつかったかもしれない。そこは素直に反省しなければならない。

 

 しかし「JAM」自体の持つ歌詞の力だったり、曲の力だったりを否定してはいけないと思うのだ。曲の解釈は十人十色でいいのではないのか。逆に同じ方が気持ち悪いと感じてしまうのは私だけだろうか。それで「僕はこの曲をこう感じている」「私は違う」でいいじゃないか。明るい曲でも人によっては辛く感じることだってあるだろう。

 

 私ははっきり言っておくと、「議論」が嫌いである。「じゃあこのブログを使うな」というならさっさとアカウントを停止する。私が「議論」を嫌う理由は

  1. 時間の無駄 価値観が違う相手に向かって、議論しても時間の無駄だと思っている。最初から相成れない存在は確かにいる。
  2. 労力の無駄 相手を説き伏せようとすると物凄い労力と体力を要する。現に今もそうである。
  3. 喧嘩が嫌 なんで相手を限定して攻撃してくるのか私は意味が分からない。私が攻撃するのは広義の意味であって別に個人ではない。勘違いしないでほしい。ジャーナリストが「報道の自由」で報道しているのなら「予防報道」があってもいいのではと提案してるだけ。

異論はあると思う。私が正しいという保証はどこにもない。あとはどっちのいうことが「好き」か「嫌い」でいいのではないのか。「正論」が「正義」とは限らない。「論破」してもそこにあるのは「論破された側がむかつくだけ」。もうやめましょう。